褒められるために『何か』をするの?

昨日の記事で、
褒める叱る、という発想が
コトを難しくさせているのでは?

と書きました。

実は息子が小さい頃に
こんなことがありました。

私に『食べ物の好き嫌い』
がなかったために、
息子にも、好き嫌いという
『概念』がありませんでした。

親子で、なんでも美味しく
楽しく食べていたんです。

ある日、
保育園の先生が息子に、

「好き嫌いがなくてえらいね!」

って褒めました。

すると息子は、
それまで、
ただ美味しく楽しく食べていたのに、
急に、

「ほら、ピーマンも食べられるんだよ!」

と言って、
褒められるために
食べようとし始めました。

私はこの時に、
「ピーマンって美味しいね〜」
って喜び合えるだけの方が
楽しかったなって感じたのを
覚えています。

まぁ、
ピーマンくらいの些細なことは
いいんですけれど(笑)

褒める叱るって、
本質から離れてしまうこともあるなという
一場面でした。

褒められるために、
何かをする・しない。

叱られるのが嫌だから、
何をする・しない。

それって、
自分がどうしたいのか?
何を感じているのか?

という
自分の感覚や
自分の判断ではないこと。

もっというなら
思考停止状態。

しかも、
褒めたり叱ったりする側に
無意識に相手への、

(褒めたり叱ったりすることで
思い通りに動いて欲しいなどの)

コントロールしたい気持ちがあると、

自分の判断でもないし、
相手の思惑も絡んでくるので、
複雑になるのだと私は思います。

だから、

ただ、
素晴らしい!って感じたら、
そのまま「素晴らしい!」と言えばいいし。

ただ、
それをされて悲しいと感じたら、
そのまま伝えたらいい。

褒める叱るという意識なく
本当のことを言葉にしたほうが
ずっとシンプルなんですよね。

もちろん、
本当のことを言うからこそ、
関係が拗れる場合もあるかもしれません。

それは
伝え方や、関係を築く
学びのプロセスだったり、

そもそも、
関係しなくてもいい相手だったり。

いずれにせよ、
本意ではないことを言って拗れるよりは
ずっとすっきりしています。

今日は、
『褒める叱る、という発想が
コトを難しくさせているのでは?』

という文章を書いたら、
すごく懐かしい昔の
一場面を思い出したので、
書いてみました。

明日は、
叱らない保育園について書こうと思います。

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【編集後記】

息子の大学受験合否発表!
昔と違って今は、ネット上でわかるんですね。

受験番号を入力してボタンを・・・

えいっ!

『合格!』

嬉しくて『ヤッタァ〜〜〜!』
とはしゃいだら、当の息子は冷静・・・

どうしたの?って聞いたら、

「いや、母ちゃん、
め〜っちゃ喜ぶ、そのポジション、俺のポジションだから!」

つい喜びすぎて、
本人は冷静になっちゃったみたい。

「ごめん!もう一度やり直すね!」

って言ったら

「やり直せるか〜い!」とツッコミ。

いつでも漫才のような親子会話ですが、
こんな時まで(笑)

 

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