ポジティブ思考は嫌い!

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本当によく「星さんはポジティブだねぇ!」って言っていただけるのですが・・・。褒めていただく、その気持ちは嬉しく受け取りますが、自分では全くポジティブだと自覚していないので、少し複雑なのです(笑)

ポジティブに考えようとしてなくて、ただ自然にそう考えているだけなので、その自然発生的思考を「ポジティブ」というカテゴリーに入れられてしまうのが、不思議な感じなのです。

10代の頃から、ただ自分の考えを言うだけで「アァ、それは哲学だね!」とか「なんか宗教やってる?」と言われることもありました。

私は、その頃「哲学」も「宗教」も全く知らなかったので、自分が感じていること、考えていることを、私の知らない何かだと決められてしまうことが嫌でした。知らないので、言われても「Yes」とも「No」とも言えないもどかしさと、そもそも、私個人の感覚や考えであって、それを別のもの置き換えられる居心地の悪さと(笑)

その頃から、価値観が同じでも違っても何でもいいから、その人自身と『対話』したいなぁと感じていたので・・・自分の言葉で表現してもカテゴライズされるだけなら、と・・・感じていることや考えていることを話さなくなっていきました。

そして十数年前くらいに「ポジティブ思考」という言葉が流行りました。何でもいい方に考えるのがいい、という風潮でしょうか?その頃から「願えば叶う」「イメージすれば実現する」などの、フワ〜として、キラキラした実態がないものも流行りました。そのフワ〜&キラキラのような実態のないものが、実は苦手で(笑)

物事には原因と結果があって。どんなにポジティブに考えたって、そこに泥臭くコツコツとした原因がなければ結果にならないと思うのですよね、体験上。あ、もちろん奇跡的な出来事は私の人生に、非常に多く、感謝なのですが、それは「イメージしたらその通りになる」みたいなことではなくて。

泥臭くコツコツしたものの延長線上に、ずっと後から振り返ると、用意されていたように感じる何かだと思うのです。その時には奇跡的な出来事だったり、逆に辛い出来事が、後になって必然だったとわかる何かです。

私自身、多感期に友達が自殺したり、施設で壮絶ないじめにあったり、大人になっても、ここには書ききれない様々な修羅場をくぐりましたが、そのどの体験も、今の私のために必要なこと、宝物です。

辛いことや、ドロドロしたことの、ずっと奥に、光が差し込むことってあります。私にとっては、ポジティブもネガティブも、どちらも大切な私の一部だし、どっちも宝物だから、分けられないというか・・・。

そもそも「どうせ死ぬんだから」というモチベーションで、できる限り自分を生きたいって考えるのが、すでにポティブかネガティブかわからないですよね〜(笑)

ちょっとズレるかもしれませんが、オンとオフという違いも私にはわからないんです。仕事もプライベートも、どっちも「自分そのもの」で、夢中になっている感じ。。。

「ポジ・ネガ」「オン・オフ」「正・悪」など2元に分けることが、非常に苦手なのかもしれません。

という理由で、ポジティブ思考が嫌いというよりは、ポジティブ思考だとカテゴライズされることが嫌いです。

ただ、私のノーテンキさは、外側から見たら「すごくポジティブに映る」のだと理解はしています(笑)

それは、何度も修羅場があり、何度か死ぬ思い(事故や病気など)した結果の感覚です。どうせ死んだから、死ぬまで自分を生きようって思っているので、やっぱりポジなのかネガなのか・・・ぐるぐる回ってしまいます。

一番近い感覚は『人間万事塞翁が馬』ですかねぇ。「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

と、書きながら自分の感覚をまとめた感じです。共感でも違和感でも、心の何かに触れれば嬉しいです♪

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