幸せで在る為に!

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人から「突き抜けている」という褒め言葉をいただく中での、小さな違和感から、幸せについての考察にたどり着いたので、書いてみます。

ありがたいことに、たくさんの方から「突き抜けている」と言っていただく事が多いのですが。誰もが自分の事は普通なのと同じように、私も自分のことは普通なので、自分では、自覚がなくて(笑)褒められて嬉しいけれど、こそばゆい感じ。

言われ続けるので、最近やっと「アァ人は、こういう部分を突き抜けていると言うのか〜」と自覚し始めています。ただ、先ほど書いたように、誰もが自分のことは「普通」だから「普通が、人の数だけある」だけで、何を基準にして「突き抜けている」というのかは、やっぱりわからないのです。

きっと、どんな人も「自分にとって当たり前」のことがあって、その自分にとっての「当たり前」が人にとっての「価値」になるんじゃないかと思います。

だから、その人にしかない価値を、尊重しあったり尊敬しあったりしたら、豊かな社会になるだろうと思うのです。そして、その社会は「誰かが」突き抜けているのではなく「誰もが」別々のポイントで突き抜けている(言い換えれば、それがスタンダード)というコミュニティになるのではなかろうか?と密かに思っています。

私自身も「お〜〜。この人スギョーイ!」って感じる人はいます。いい刺激を受けたり、ヒントになったり。尊敬の念を感じて人間として好きになることがあります。それと、表現が違うだけで、同じなのかもしれないですね。

また、自分で「私って変わってるの。」って言う方にたまに出会うのですが、お話を伺うと、大抵は、そんな変わってないことが多いのです。(その方がいる小さなコミュニティに、当てはまらないだけで、その方自身は、常識的という人に多いような気がします。統計をとったわけじゃないから主観ですが。)

人から「突き抜けている」とよく言われる自覚のない人と、変わってないのに「変わってる」と自覚している人と。。。考えてみると、本当に、基準なんて、どこにもないよなぁ、としみじみ・・・(笑)

だから、突き抜けているいないは、実はどうでもよくて。一人一人、自分が幸せに生きていればいいよね、と改めて思いました。

その「幸せ」っていうのは、ありのままを受け入れつつ、自分の選択に意識的なことだと私は思います。それは、自分も人もコントロールしていない状態で、自分で在る、という、その状態が幸せで、それは、いつでもどこでも、どんな状況でも可能です。

例えば、お金がなくて家もなくて、今日の夜からどう生きていこうか?と路頭に迷っている、その瞬間でも。自分がどう在るかを選択できるし、意識、無意識関係なく、選択しているのだと思います。

言い換えれば、環境や誰か、自分以外の何かのせいにしている状態は幸せじゃなくて。。。(なぜなら、自分が主体ではないから)。。。自分の人生を、自分主体で生きている時に、人は幸せで。それは病気や貧乏など、どんな状況に置かれていようが関係ないんだと、自分の人生を振り返ると実感しています。

どんな時でも、自分のあり方は自分だけが決めることができます。自分に誠実に生きている時(自分が大切にしていることを自覚して、それに沿って生きている時)、人は幸せを感じるし、他の動物にはない人間の特徴なのだとも私は感じています。なんか、人間であるって、本当に幸せだし、オモシローい!

今日は、突き抜けているという褒め言葉の、小さな違和感から「自分と繋がって生きることが、どんな状況であっても幸せなこと。」という感覚にたどり着いたプロセスをそのまま書いてみました。

余談ですが、辛い状況は決して「不幸」なのではないと私は思います。いろいろな体験を重ねて、その人の人生ができていくので、その瞬間は辛い出来事も、長い目で見れば、幸せの要素の一つにすぎません。なので「生きて体験できている」という、そのものが、ミラクル幸せなことなんですよね〜♪生きているって本当に面白い!何があったとしても。。。

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