なんでもアリ

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例えば、
「子どもを育てる環境として放射能が心配だから、移住する。親としては当然!星さんもそう思うでしょ?」とか「子どもが、やりたいこともなくて、目標もなくて、学校やめたいって言ってもそれはダメ!やめたいなら親を納得させる理由を言わないと。そう思うでしょ?」「虐待する親は許せないよねっ」などなど。

その方にとっては、絶対的な価値観でそれ以外考えられないというほど強い信念を持っている時。

「私はこう考えてるんだけど、星さんだったらどう?」って聞いてくれたら、わたしだったら、、、と自分の話をしやすいけれど。

上記のように、
「絶対こうだよね?」と同意を求められたとき、私はいつも。

「そうなんですね。その考えもいいと思うけど私の場合はちがいますねー。」とか答えています。

すると「え?なんで?だって、こーでしょ」と今度は押し付けてくるので。

「それはそれでいいと思いますよー。星さんは?って聞かれたら私は違うだけで、人それぞれですよ」というのですが納得しない。なので「あ!そういえば、あれはどうなった?」など、パッと話題を変えちゃいます(笑)

数年ぶりにお会いした方や、ちょっと、関係が遠い方で、たまぁに、こんな対話になる事があります。 絶対的な価値観、信念を持っているのは、とても素敵な事と思います!それと、同じように相手にも価値観があると思ってくれたら、対話が広がり楽しくなるのになーと感じます。

みんな同じ考えなら1人で良くて。違うから面白いし、考え(価値観や視点)を出し合う事で新しい世界が広がったり、刺激し合えたりもするのにね、と私は感じます。

本題はここから(笑)長くてすみません。

それぞれの価値観を出し合うと世界が広がり楽しいという、この価値観も私の価値観なので(笑)1つの価値観だけを絶対に正しいと押し付けるのも、アリだと思うのでした〜。

状況としては、
「絶対こうだよねっ」という対話をする方は、共感してくれる人と仲良くして、違う人排除する風潮があるので。 色々な価値観を認め合う対話の方が対立にならず平和だなぁとは感じています。

また、絶対にこうだ!という両親の子どもが、その子も近い価値観なら居心地よく暮らせますが。違和感を覚えていたり、全く別の価値観を持ってると、なかなか苦労するだろうと思いますが、その苦労が、その子の長い人生の中で活きるので、結局なんでもアリなんですよね。

元も子もない話しですが、どの切り口で書いても、結局はなんでもアリという事なのです(笑)