「傷ついた」と言える人は安心

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感情を表に表せているなら、ある意味、安心。それよりも深刻で『話を聞くべき人は(わかりづらいが)他にいる!』ということを書いてみます!

数年前に、自然に距離ができて離れた女友達(Mさん)の話です。仲良かった頃、いろんな相談を聞いていました。大抵は「そうなんだねー。」「アァ、それは大変だね」「うんうん」と聞き役が多かった記憶があります。

内容は、自分の旦那の話や、旦那以外に好きになった彼氏の話をしていました。さすがに、聞きながら「旦那にも愛されたい。彼氏とも別れたくない。というのは身勝手すぎじゃ?」と、感じていました(笑)今だったら、その気持ちを伝えるけれど。その頃は、ただ話を聞いていて少し苦しかったのを覚えています。

旦那に優しくされないと傷ついた〜、彼氏と会えないと胸が苦しい〜、などがエンドレスでした。旦那さんは笑顔でご飯も作ってくれて、割と話も聞いてくれる方だけれど、Mさんにとっては「足りなかった」か「ポイントが違った」のだと思います。

なぜ、こんな前の話を急に思い出したかというと、最近Kさんというママ友さんが、このMさんと同じような悩みを相談してきたのです。旦那には愛されていたいけれど、どうしても好きな人ができた、と。

私自身は恋愛には、とっても疎く(笑)よくわからないので「恋の悩みは他にどうぞー」なのですが。

このKさんも、やたらと「傷ついたー」「胸が苦しい」というのです。私がちょっと感じたことを言うと、すぐに「胸が痛い、苦しい」と。

その時に「あれ?私が傷つけたって責めてる?でも、責めているという意識はゼロだろうな。自分のことでいっぱいなだけか。ただ、そうだねーって聞いて欲しいだけなのかもしれないけれど、聞き続けるとエンドレスになりそうだし、対等に話せないならキツイしなぁ。」(まるで、女性脳と男性脳?)という会話があって、Mさんの記憶が蘇ったのです。

精神的に自立できていれば「自分がどうしたいのか?」とか「相手の立場を考えたり」だとか、もう少し視点を高く持てるかと思うのです。

でも、MさんもKさんも、自分が自分が・・・と感情をわかってもらおうとしたり、(無意識で)相手に求めてばかり。本人の意思通りに現実が運ばないと傷ついてしまうのです。

それは、小さな子どもが、お菓子を買ってもらえなくて駄々こねて泣いているのに近いと感じました。だから、傷ついたーってすぐに「わかって〜」モードで言う人は、ある意味『安心』なんです。

なぜなら、
そういう子どもたちは、お友達など周りの人たちから刺激を受けて徐々に「駄々をこねるのは恥ずかしい」「GETするために、駄々をこねるという方法以外の方法はたくさんある」「実は、もっと欲しいものがあって、目の前の誘惑にとらわれるのは良くない」「諦めも肝心」「いろいろな価値観があって、みんなが自分と同じではない」などなど、いろーーんなことを経験から学んでいきます。Mさん、Kさんは、これから、そのプロセスを歩いて行ったらいいだけなので、ある意味安心。

余談ですが、最近読んだ小説の中で、夫のお葬式でギャン泣きしている奥さんは安心で、涙も見せずに立ち居振舞っている娘の方が心配という描写がありました。周りの人はギャン泣き妻に同情していて、娘のことは、しっかり者ね〜くらいの認識で。唯一、その娘の本心を気付いた人が、声をかけるという場面でした。(声のかけ方も同情心はゼロで、それが良かった!)

泣かれるとインパクトもあるし(笑)「傷ついた」「苦しい」と言われると、つい慰めたくなってしまうのも事実。

そんな時は「慰める」のではなくて、ただ「そう感じてるんだね」と、しっかり受け止めてから、本当は、その人本人が、どうしたいのか?どう在りたいのか?何を大切にしているのか?というニーズを明確にすることにフォーカスしましょう。

ただ、感情を表に表せているなら安心で。そういう事象が起こっているときに、さらに深刻な・・・実は、話を聞くべき人(聞いてあげないと、本当に辛い人)は他にいる!ということ。表層に捉われない人間観察が必要なのです♪

もちろん、普段は全く抑えていて、やっとの事で勇気を出して言ってみたって人や。
長い年月、無理を重ねすぎて鬱状態の方が涙もろい場合もあるので、前後の状況判断はもちろん大切。この記事では、そういう場合は除くです!

会話の中ですぐ「傷ついた」と言える(もしくは態度に出せる)、無自覚な被害者意識の強い人についての考察でした。いい悪いではなく。ある意味安心で、それより、わかりづらい人の中に、さらに深い苦しさを抱えている人がいる場合がありますよ、というお話でした。