「わかってほしい」の危険

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企業コンサルで、たくさんの社員さんと話したり、様々なプロジェクトで多くの方々の話しを聞く中で、その対話が循環していない時に、感じることを、私なりに分析してみました。

それが、相手に対して、無意識で、「わかってほしい」「理解してほしい」という思いが強い時は要注意だ、ということです。

と言っても、無意識だから、そのモードに入ってしまった時には手遅れ。だから、本当に注意が必要なのです(笑)

まず、どうして要注意なのか?

もちろん、人と対話する時には、相手に理解してほしいから話すのですが。その思いが強すぎると盲目になってしまいます。

・相手の話が聞けなくなって対話にならない。
・相手が理解していることに気づかず、さらに押し付けてしまう。
・自分以外の価値観を否定してしまう。
・理解しない相手を低く見てしまう。
・理解されない痛みから怒りの感情が出てくることもある。

などの様々な症状を引き起こし、それらは、本人も相手も、誰も幸せではないのです。

「わかってほしい」と強く思いすぎてしまう原因としては、

・心に余裕がない。
・過去に、共感者がいない。
・過去に、否定されたり理解されなかった体験がある。
・自分と人とは違うと思っている。
・幼少期からの親との関係性が影響していることもある。

などが、あります。

確かに、大多数の意見や価値観とは異なる、流れに逆らうような価値観や、今まで既存にはなかった価値観を伝えた時に、理解されないことは多々あります。

そこで、否定されたり攻撃されたりし続けていると、もう何も言わなくなるか、わかってほしいと強く思いますよね。

しかし、本当に理解されたいのなら、これでは逆効果なんです。

理解しない相手と対立するのは、本当に疲れる愚かな行為なんですよね。自分だって、相手を理解していないのですから(笑)

どうしても、その場で意見を通したいという場合には、まず、相手のことを先に理解することが絶対必要です。自分のことを理解してほしい、だけでは伝わりようがありません。

また、平常心で語り、理解しない相手を変えようとしないことです。

と、このように文章に書くと、そんなの当たり前って思うかもしれないのですが。実は、現場では、とても多いパターンです。

ついでに、もう一つ言うと。

「わかってくれない」という言葉を言う人がいますが、それは、当たり前のことです。

人はわかってくれません。そして、その人本人も、誰のこともわかっていない。それが真実です。

だから、共感しあえた時、響き合えた時、すごーく嬉しいと感じます。分かり合えることの方が奇跡なので、その瞬間を喜ぶ方にフォーカスをシフトすると、とても幸せな毎日が送れます。

わかってくれない(=相手のこともわからない)
この状態がスタンダードだから、奇跡的に分かり合えた時に嬉しいということです。

これは寂しい考えかたでも何でもなくて。その人と同じ魂・同じ姿で生まれてきて、全く同じ人生を歩いていないと、本当の感情や価値観はわからない。どんな影響を受けて、その言葉にどんな背景があって、などは、だーれにもわからないのです。

でも、痛みを知っている人は、相手も同じように痛いのだろうと想像したり、心から願う気持ちを持っている人が、相手も同じように願っているのだろうと想像したりして、思い合えるのが、私たち人間。

だから、分かり合えないことが寂しいことなのではなくて。分かり合えないのは大前提で「思いやり合える」のが私たち。

その中で、奇跡的に共感しあえたり、分かり合えたら(ほとんどが勘違いだとしても・笑)
それこそが喜びになるわけです。

だから、誰々がわかってくれない、という愚痴はとっても滑稽です。そのセリフ聞く機会は、企業内相談でも、恋愛相談でも、多いです。

で、話を元に戻すと。理解されるために、人に話すのですけれど。

理解されたい、わかってほしいという思いが「強く」なると、一番最初に書いた症状を引き起こしますので、気をつけましょう。

わかってほしいって気持ちが強い時こそ、相手をまず理解することですね。

ただ、無意識なので、怖いんですよ。だから、こうして何でもない時に、このことを理解しておくことで、予防できるのではないかと、思います。