グローバルとは何か?

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私は独身の頃、全く英語が話せない中、単身でロッキー山脈、家々を泊まり歩き横断の旅をしたことがある。また、英語が全く話せない中、海外事業展開も果たした。

これは自慢ではない。なぜなら・・・幕末、明治にかけて。学校で英語に触れるでもなく、英語の本があるわけでもなく、街で英語の音楽や会話を耳にすることもない、そんな時代に、英語を話して活躍していた人がいて。

私は英語の授業が嫌いでサボっていただけで(笑)街には英語の歌が溢れていて、外国の人たちがたくさんいて。外国の食べ物や文化にも触れているから。たかが言葉がわからないだけで、ちょっと旅に出たりしただけと思うから。(I love you・thank youとかは、知ってたし。)先人たちに比べたら足元にも及びません。

そして、ありのまんまの私で海外に行って感じたのは、英語が話せるとか話せないとかは、関係なく。

「どれだけ、自分自身で在るのか?」

ということがグローバルなのだと感じました。

実は、海外だの留学だのには縁遠い学生時代でした。だから、海外に初めて行ったのは社会人になってから。ツアーが嫌いで、いきなり一人旅に行きだしたのだけれど(笑)

私の感覚では、港区から品川区に行くのと大差ない感覚だから、勇気あるねーという褒め言葉が、その頃ピンとこなかった。

言葉が通じなくても「本当に困ったこと」は起こらなかったし。(多少はいろいろ・・・あはは。)友達もできたし、本当に親切にしていただいて感謝感謝だし。

そんな体験を通じて実感したのは、どんなに英語が話せても、日本語で話せる内容以上のことは話せないのだから。何語だって、何人だって。どれだけ「自分で在るか?」ってことに尽きるなってこと。

お互いに、自分自身どうし付き合って、お互いに、尊重しあったり刺激しあったり、そうして、お互いに、世界を広げあって、また同じと感じあって、仲良くなることがグローバルじゃないかなぁ?

日本の英語教育って、そこのあたりが抜けちゃってる気がする〜。

変な言い方しちゃうと。日本で付き合って、面白くない奴は、どこだって面白くない奴で。在り方は、どこで何したって出ちゃうんだよね。

だから、グローバルに言葉は関係ないんだよねーって、日本語オンリーで旅して、行く先々で超楽しかった私は感じるのです。

でも、言葉が通じたら、もっと分かり合えたり深まるから。言葉は大切!英語練習しようっと(爆)

しかし、本当に明治の人たちは、いろいろな意味ですごい!!