目標を見失ってもいい。

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自分がどの方向に向かっているのか?大きな目的を持っていても、わからなくなる時って誰にでもある。

それに、答えが見つからないのは、当たり前のことで、簡単に見つかる答えは、と〜っても表層なんだと思う。

情熱持って進んできても、途中で混乱する。それは、至極当たり前のことだと私は思う。そういうものなんだと思う。

だから、わからなくなったり、混乱すること、そのものを憂うのではなくて。

とことん、もがいて。わからないながらも動き続けた、その先に、また、何か確かな感覚と出会い。

そして、またわからなくなり混乱し。とことん、もがいて・・・を繰り返して。

振り返ると自分の道ができている。そんなもんじゃないかなぁ。

と、最近よく思う。。。

もがくことが人生で。楽をしようとすると楽しめない。苦しんだ先に本当に面白い感覚が待っている。そんなことを、感じている人生半ばの50歳。

あと10年したら、また違う、もっと面白い感覚を持っているのだろうな。その先10年したら、また違う、もっと面白い感覚を持っているのだろうな。

なぜなら、30代、40代、その時々で、その瞬間瞬間は、確かに、その感覚を生きていて。

その時には知らなかった世界、知らなかった感覚が今はある。

知らないからこそ尊い「今」をいつの時も生きていて。

そして、年(経験)を積んで、どんどん世界が広がっていく。どんなに広がろうが、それはいつでも、過程の中の「今」だから。

年は、取ればとるほど、面白く深くなっていく。その時々で、どんどん面白くなっていく。
肉体は、どんどんと衰えていくかもしれないけれど、魂や心は、どんどん輝きが増していくように感じている。

その輝きは。どれだけ、自分で考えて、もがきながらもチャレンジして進んでいるか?
にかかっていると思う。

目標を見失って、もがいて苦しむのも必然。とっても大切なプロセスだったと、きっと振り返った時にわかるから。