その先の目標があるから

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昨日「くすぶらない」という記事を書いて。自分の気持ちを言語化して、今日気づいたことがある。

私がくすぶらないのは、先の目標があるからなんだーって。

例えば、企画を盗まれてしまって、それが、自分の内側から溢れてきたアイデアを表現したものだと、悔しくて心は複雑にもあるが。

その企画が通るということや、そのプロジェクトを動かすということ自体が私の目的なのではなく、そのずっと先の目的のための、道の一つ。そのための小さな目標の一つ。だから。
そこに留まって悔しがり続けるよりも、先に進みたいから。

だから、くすぶらないのだと気づけた。

ただ、アイデア自体に価値があって、私が願う目的の方向に使われないかもしれない、ということが悲しいけれど。そこは願うばかりです。

なぜなら、人の企画を盗んで平気な人は、そのアイデアを自分のために利用するだけだと感じてしまうので。。。

でも。まぁ、きっとそれも必然。

その先の目的があれば、その途中で何度、悔しいことがあっても歩き続けることができる。

その一つ一つのおかげで、さらに成長できたり、モチベーションが強化されたりして、結局は、私にとって「いいこと」しか起こっていないのだと、後で振り返れば思えるのです。

そして「その先の目的」が、もし「自分ごとのみ」ではきっと途中で挫折してしまうと思う。うまく表現できないけれど。できない、というのは。

なんというか、それが「人のため」とか「未来のため」というのも微妙に違って。。。

私利私欲ではないのだけれど、人のためってわけでもない。確実に、それは自分のエゴであり、自分がしたいことだから、そういう意味では私利私欲だけれど、でも、地球全体や、未来のためになるとワクワクできていること。

と、無理に言語化すると、その通りなんだけれど、言語化すると違和感が(笑)

(こんな風な言語化に「酔って盛り上がっている人たち」を見ると、あまり言いたくなくなるのです。そもそもの概念が違うので。だから最近は「ワクワク」とか「自分らしく」など、本来なら素敵な言葉なのに、明らかに違う概念が増えてきて、使いたくない言葉が多く・・・言語化は、どんどんと難しくなってきています。)

というように、うまく表現はできないけれど。その先の大きな目的さえあれば、目の前で起こることに、その時は一喜一憂しても、そこに留まっていられないって感じです。

そうして進んでいると、その一喜一憂したすべてが栄養になっていて、私のために起こっていることばかりだーと後で気づくってカラクリです。

その先の、生きている間には到達できない目的を胸に一歩づつ、自分の役割を歩いていこう!途中、どんなドラマが起こっても、それは自分の栄養になるだけだから!いろいろあるよ。人生だもの。。。