「こうするべき」は本当にそうするべきなのか?

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一例ですが。のびのびと育てたいとか。こうしたいあーしたいって親の想いがあって。

その想い自体は愛情なのだけれど「こうした方がより良い」ということなんて、実は何一つないんですよね。

何がどう影響するかは本当にわからないのですよ。

結果的に、狙い通りに、よりよくなる場合も、もちろんありますけれどね(笑)

のびのびとした環境など、親が思う理想の環境で育てたからといって(もちろん、その中のいい影響は受けているにせよ)のびのびと育つわけでもないし。

外から見たら劣悪な環境で育ったからといって悪い性格になるとも限らない。

どんな環境でも、のびのびした子になる場合もあれば卑屈になる場合もある。

親は、教師は、友達は・・・etc
良かれと思って、一生懸命に「こうするべき」を考えて実行するけれどそれがいいとは限らない。

ただ、その人を想う、その気持ちが尊いし、きっと愛は伝わるものだけれど。行動や環境の何が幸いして災いするかはわからないのです。

だから表面的な「やり方」に固執することはなくて、想いが大事。想いがあってこその「こうすべき」なのに「こうすべき」の方に振り回されている人、わりかし多い気がします。

そして、どんな状況や環境も、すべての経験を栄養にして、その人にとっていい人生を歩める力があると信じることが大切で。

「こうするべき」という表面的なことで正解なんてどこにもない!

しかし、短略的に考える人は。わりかし多い。私の近しい友人知人には少ないが、ちょっと社会の中に入ると、出会うことは多い。

このブログでも以前書いた「学校に行かないと将来困る」というような先生などいい例(笑)

学校に行っても行かなくても、将来困ったり困らなかったりするっていうのが正解。実際にいい大学まで行って困っている人はたくさんいるし、学校に出てなくても誇りを持って仕事している人もいっぱいいるし。

目の前に、そんな証拠がいっぱいあっても、なぜかステレオタイプに「こうするべき」に縛られている人は多いと感じる。

現実を見ていないのか?自分の頭で考えていないのか?

あ、言いたかったのは。こうした方がよりいいと言うことは何もなく、やってみなくちゃわからないのだー。

何が幸いして何が災いするか。肉体持って生きている人間にはなかなか計れないもの。その中で、自分の選択に意識的になり、自分の選択に責任を持って生きれば、大抵の機会は活かされていくのだと私は思う。

この記事をまとめると、なんでもアリって話です。

それは、バカボンのパパのセリフ「これでいいのだー」に通じる。なんて深くて素敵な言葉♪

あ、そういえば、この間。卒業以来の小学校の同窓会で「結婚してるの?」って聞かれて

「結婚して離婚して結婚して離婚して結婚して離婚して今は息子と二人暮らしよ〜」と言ったら、申し訳なさそうな顔をするので、

「離婚するたびに幸せになるのよ〜。私は今がとっても幸せ」って言ったら「普通は結婚して幸せになるんだよ」と返されたけれど、そんなん人それぞれ。

そういう人もいるし。そうじゃない人もいて。

表面的な状況なんて、関係ないんだよね。結婚して、幸せな人もいるし幸せじゃない人もいるし。離婚して、幸せな人もいるし幸せじゃない人もいるし。目の前にたくさんの人やドラマが繰り広げられているのにもかかわらず。

なぜか「こうするべき」「こうあるべき」は手強く残っているね。そんな社会の中で、先陣切って、、、

どんな状況でも幸せであることが私の役割なのかも(爆)いい役回りだなぁ♪ラッキー!

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