精神にはレベルがある。

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人間そのもの、一人一人の存在には『レベル』はないけれど、、、精神(視点・視野・感じ方・捉え方)には、どうしたってレベルはある。

それは、算数で言うところの「小学校1年生レベルと高校1年生レベル」というのと同じで。例えば、高校1年生に「3+5=8だよ。じゃぁ、次は2+4=何になるかなぁ?」と聞くのはちょっと違うよね、というのに似ている。

算数ならわかりやすいけれど視点・視野・精神などは見えづらい。それに、そういう意味でレベルを分けたとしても、人間性でレベル分けしていると誤解されやすい。

けれど、どうしたってレベルはあるし、そこを見極めないと大変なのです。

例えば、本当に死にたいって思っている女性Aさんがいるとします。今にも本当に自殺し兼ねないほど傷ついています。その理由は「好きな人から冷たくされたから」Aさんは両親に愛されて小学校から私立に行けるほどの余裕のある家庭で何不自由なく育ちました。だからこそ、初の挫折に耐えられない思いがあるのかもしれません。

方や、父親が犯罪者で、どこに行っても父親のことで差別を受け、非常に苦労しながらも、思いやりや信念をなくさずに生きている女性Bさんがいるとします。Bさんは自分には一切の責任のない親のことで理不尽な思いをたくさんしてきました。それでも自分を生きようと前向きに頑張っています。

Aさんが友達に「もう死にたい」って悲壮感全開で相談すると、その友達は真摯に相談に乗るでしょう。自分の時間と労力を使って。

Bさんが明るい笑顔で前向きに生きようと頑張っている姿を見て、ある人は「この人って、前向きだよね。恵まれた人生を送ってきたんだろうな」と思うかもしれないし「悩みないよね〜」なんていうかもしれません。
その一方で、その前向きさに影響を受けて「私も頑張ろう」って思うかもしれないし「会うといつも元気をもらえる」って思うかもしれません。

外側だけを見たら、ものすごく傷ついてかわいそうに思えてしまうのはAさんかもしれません。死にたいと言っているのですからね。

でも、どうですか?

これが、表には見えないけれどどうしてもある「レベル」というものです。

もちろん、このレベルに「いい・悪い」は一切ありません。小学生が悪くて大学生がいいというのがないのと同じです。

いいたいことは、この目には見えないし、表面的には非常にわかりづらいけれど、人間は精神的なレベルがある、という事実。

そして、このレベルを見極めないとお互いに大切な時間(時間=命ですからね)を無駄に使ってしまうかもしれない、ということです。

相手が中学1年生レベルだとわかれば、それに合う内容を伝えますよね?このように学校とか教科だと、わかりやすいことも、精神レベルとなると、急にわからない人が多くなります。

精神レベルが高いからといって、子どものような無邪気さは非常に高かったりもするので、表面しか見れない人には、もう何が何だかわからないのだと思います。

実際に最近。見事に何をどう説明しても、角度を変え、表現を変えても、表層以外のことは全くわからないという方がいました。もちろん、それが「いい・悪い」ではないし、ポイントが違うだけで、お互い様なんですよ。しつこいようですが(笑)

どっちが「いい・悪い」という思考癖が社会には強いので、ついつい書いてしまうのですが(笑)

表層の下の「本質」が、全くわからない人には、また別の役割・使命があるのだと思うのです。それぞれの世界で、自分の使命や役割を生きたらいいと思います。ただ、それだけなのだと思います。

(ただ、表面しか見れない人ほど、言葉や態度だけで勝手に判断して勝手に喜んだり悲しんだりと、相手不在にはなりがちみたい。それに、自分の納得よりも評価が価値基準になっていて、自分不在にもなりがちで・・・見ていて大変そう!)

そして、私は。
表層や、言葉に囚われずに、本来のありのままの『その人』とつながることが、私の喜びなんですよね。頭で「こうするべき」にとらわれて、本人もそれが自分と思い込んで頑張っている人が、私はですが、居心地が悪くて。

やはり、ありのまま自分に正直に生きている方が、私は居心地がいいのです。

そして、私の周りには、そういう人が多くて気持ちがいいし、楽しいのです。だから、自分の居心地のいい社会になるために、自分自身のために(笑)本当の自分自身とつながって、自分に正直に生きる人が増えたら嬉しいって思っています。

『本質を生きる、自分を生きる。』そのお手伝いができることが喜びです。この私の使命・役割のためにの全ては体験だったと思います。人のレベルに合わせて「自分自身とつながる」その手伝いができるための体験を人生の中でさせていただいたのだなぁって感じています。

この話がちゃんと伝わる人は非常に少ないのですが、少しづつ増えてきていて・・・同志は増えてきているように感じています。

まだまだ『〜するべきという常識の枠の中で頑張っている人』が多いこの社会で、自分自身を生きる(それは、自分自身のまま食ってくということも当然含む)という役割を与えられたことの心から感謝なのです。

そうそう!
『自分らしくあるために、会社をやめちゃって、食っていけなくなっている』って人も多くいるって聞きました。次回はその話題を取り上げますね・・・

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