超つまらない人の特徴

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会っていて、楽しい人とつまらない人がいる。それは「相性」や「好き嫌い」の要素が大きいと思うけれど。ただの主観だとしても、もう本当に一緒にて「超つまらない」と感じてしまう人は確かに存在しています(笑)

最近の例を挙げると。

ある人と、息子と私の3人で食事をした時。外から見れば会話が弾んで楽しい団欒に見えるであろう、その場だったと思う。けれど息子も私も、つまらなすぎて・・・。

その帰り道に私が「アァ、つまらなかった〜。」というと、嬉々として息子が「やっぱり?お母さんもつまらなかった?俺も俺も〜。」と。あれやこれや語り合い、超たのしい帰り道でした(笑)

外から見て楽しそうに見えるかもしれないのは、こちらが、その時間を活かしたいから楽しむために工夫をしているからで、それが外からは楽しそうに見えるだけ。

また、他にも。初めてお会いした方と呑みに行った時。会話が弾んでいるかのように外からは見えていただろうけれど、私はもう本当につまらなすぎて早々に切り上げてしまった。

つまらない、という現象は外からは見えないってことなのだと、この例からもわかる。

逆に言えば、外側だけ見て「楽しんでもらえたようだ」って思うのは危険だってこと(笑)ちょっと怖いけれど、こういうことは日常によく転がっている。

何も話さなくても楽しみ合うこともできるし、超盛り上がっててもつまらないこともあるのです!

最初にも書いたけれど、これほどまでに「超つまらない」と私や息子が感じる相手でも、相性が大きく影響するので、合う人もきっといるのだろうと思う。ただの相性なだけだと思う。

けれど、あえて「なぜ、こんなにも、つまらないのか?」を検証してみると。ある共通点がありました!

それは、つまらないって私が感じる人は『目の前の相手とコミュニケーションを取っていない』という共通点です。(それは自分とのコミュニケーションが取れていない状態、自分と繋がっていないとも言えます。)

対話もしているし、会話も弾んでいるように見えるし、ノリもいい!
けれど、コミュニケーションが取れていないのです。

相手の言うことを、聞いているふりをして、実は全く興味がないのはバレバレ。

そして、自分の話の時は夢中。夢中なのはいいとしても、その内容が「押しつけ的」「理解してよ的」「上から的」だったりするので、聞いていて、どうも座りが悪い。受け取り方に制限がかかっている感じなんですよね。本来は自由に受け取っていいはずなのに。

要は、対話が全く循環していない。キャッチボールになっていない時、その場がどれだけ盛り上がって見えても「つまらない」のだと思ったのです。

目の前の相手をお互いに楽しみ合わないと、一緒に対話をしている意味がないんですよね。

相手のことに興味を持てない。でも自分を理解してほしいって人。どれだけ社交的で明るかったとしても、つまらないんですよねぇ。

また「普通はこうだよね?」って、すぐに「普通」にカテゴライズしてしまうような人や、話の内容が何かの受け売りな人もつまらないです。先に述べた例と同じで、やはりコミュニケーションを取っていない、つまりは『相手不在』なのです。そしてその人は『自分不在』でもあるんですよね。実は。。。

しかし、外から見て楽しそうでも、つまらない場合があるなんて書いたら「え〜じゃぁ、なんか人が信じられなくなるよー。」って思うかもしれませんが心配ご無用です。

相手が本当に喜んでいたり楽しんでたら、嬉しいのも人間。

つまらない人って、どんなに楽しそうに自分のことを話していても『満たされていない』『満足していない』から、こっちも楽しくないという側面もあるんだと思うんです。

だから、心から自分が楽しければ相手も楽しんでいると思います。深いところで響きあえる動物だと思うんですよね、人間って。

さらに、こちらが楽しかったら相手にも楽しんでほしいって無意識レベルで感じて、楽しさが循環するんです。だから心が楽しい人はさらに楽しみあえる。

そして、心が満たされていない寂しい人は話せば話すほど寂しくなる。そういうカラクリだと思います。

じゃぁ、心が寂しい人は、ずっと寂しいのかというと、いつでもチャンスはシャワーのようにあるんです。

例えば、一番最初に書いた例の人も。私と息子と3人での対話の最中に、何度も満たされたり、楽しくなるチャンスは訪れました。

例えば「最近、こんないいことがあったんだ〜」って息子が言うとします。私が「わ〜それはよかったね!それでそれで?」って聞いたのに、そのそばから「それはこうであーで」ってその人の「うんちく」が始まってしまったんです。(しかも受け売り・笑)

「いいことがあった」という喜びの感情は循環することなく、その人がいかにものを知っているかを押しつけられる「つまらない」「満たされていない」場に変容してしまったんです。

そういうことが、もう毎瞬起こっているわけです。目の前の喜びを一緒に喜びあえないから、いつまでも満たされることなく「つまらない人認定」されてしまうんですよねぇ。

でも、チャンスは毎瞬起こっているので、いつでもシフトできるのです!

その肝は、やはり「コミュニケーションをとる」ということに尽きると思います。

そもそも自分とコミュニケーションが取れていないから、人とも取れないのだと思います。自分が本当は何を「感じて」いるのか?本当は何を「大切に」しているのか感じてないと、そこを他の何かで埋めようとしてしまい、人の話を聞く余裕が心にないのかもしれません。

満たされている世界と、満たされていない世界は、いつでも同じ場所にあって、どっちの世界に住むかは自分次第なんだと、しみじみ感じた出来事なのでした♪

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