自ら気づく力

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自分にとっては、至極当たり前すぎて、気にも留めない部分で褒められることは多々あります。きっと誰でもそういうことがあると思います。

すごく努力したことを褒められると嬉しいですが、当たり前のことを褒められても「そう?」って思うなぁとも実感(笑)まぁ、褒めてくださったことは単純に嬉しいですけれど。

それで、自分では全くそう思わないどころか鈍感とさえ思うのですが、よく人からは「自ら気づく力がある」と言っていただけます。

そう思って、周りを見回すと、なるほど、自ら気づく力のある人と少ない人がいることが見えてきました。この視点はなかなか面白いと感じています。

例えば、私は日本一小さな赤ちゃんを出産したのですが、その時に3000gでも可愛い赤ちゃんが手乗りの大きさ!もう可愛いのなんのって〜〜〜。とデレデレでした(笑)

さらに、我が子の瞳を見た時に、あまりにも綺麗な瞳だったので「アァ、この子には何もごまかせない。きっと全部見抜かれる。だから、もう自分に嘘をつかずに自分に正直に生きよう!」って決めたのでした。

それは、何も「気付こう」と意識などせずに、本当にただ直感というか、自然の流れというか。。。その瞳を見た時に、深く感じて決心をして、それから私の人生は大きく変わっていきました。

うーん。

気づく力、というよりも『感じる力』かもしれないと、書きながら思いました。

頭で考えちゃうと、何だか余計なことをいろいろ考え出しちゃうけれど、感じるまま決断するとか、感じるまま動く。すると、世界はどんどん広がっていくことを人生の中で何度も体験しています。

ちなみに、病院の保育器で、お隣の赤ちゃんは我が子よりも大きかったのですが「こんなに小さく産んでごめんね」ってお母さんが毎日泣いていたし、なんと旦那さんまでひどい言葉をかけていました。

小さく生まれたという事実は同じなのに、かたや天国、かたや地獄の世界が、あの狭いICUで繰り広げられていました。「同じ体験をしても気づかない人は気づかないよ」って言われて、この場面を思い出しました。

お隣の赤ちゃんは体重のことだけではなく他の様々な条件?障害とか病気などのことが我が子よりもずっと恵まれていたのですが、その赤ちゃんが『愛しい存在』ということに気づく前に、頭で「小さく生んでしまった」と考えて、真実に気づけないようでした。だから、こういうことが気づく力ということの一端かと思いました。

我が子の例はほんの一例で、私にとっては、こういうことが日常的に起こっています。何か対人関係で問題などが起こると、問題にフォーカスせずにすぐに自分の中をスキャンするみたいに、客観的に自己を振り返ってみたり、またフッと感じるまま瞬間で決断して行動したり(まさに起業した時や冒険の旅に出た時はそうでした!)。

人様から口々に「気づく力がある」という褒め言葉は、実は『感じる力』のことなのだと、書きながら『気づき』ました(笑)

かの有名なブルース・リーも言っています。

Don’t think ! Feel.

まさに、これこそが自分を生きるために必要な極意の気がします。この力を努力なしに天然で持っていることに、心の底から感謝しています。

ただ、この力は幼少期には、散々否定され矯正され続けてきました。50歳を超えて思うのは、どんなに矯正されようと、持って生まれた本質は変わらないし、変えようがないということです。

逆に、非常に強い力で矯正されることによって、深い部分では逆にその抵抗のおかげで強化されていて、そうして今、花開いているのかとも思うのです。

人生に無駄なことは何一つなく、すべては自分の本来の花を咲かせるための要素でしかないんですよね。

実は、ブログ何書こうかなって思って、やけに人から褒められる「気づく力」について書こうと思いたち、書き始めてみたら、だいぶ違う方向に行ってしまいました。でも、これはこれでなかなかの示唆を含んでいるので、このまま校正せずにUPしようと思います(笑)

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