ただ我が道を行く

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何かを否定して、こっちが正しいみたいなことに、私は違和感を覚える質です(笑)

ほんの一例ですが、

・メディアは情報を操作しているからとメディア批判をしつつ、正しい情報を伝える!
・今の学校教育は良くない!だから自主性と創造性を育てるこんな教育を!
・売っているものは農薬と化学調味料たっぷりで良くない!だから自然食を!

の、ように。。。
日常の中で多くの「何かを批判して正しさを」みたいな構図が溢れているように思う。

たとえ、メディアが真実を伝えていなくても、教育が未熟であっても、農薬と化学調味料が使われていても、自分が嫌だと思うなら選択しなければいいだけだと私は思う。

人間は、比較がなければ自分の好みが分からないので、自分がより気持ちがいいことを知るための「ものさし」なだけだと私は思うのです。

「なんか違和感を覚えるな、自分とは違う価値観だな、自分だったらこっちが好き〜」というように。

自分の中の好き嫌いがわかるために存在してくれている、ありがたいものを批判するのは、ちょっとね。(ありがたいからと言って近寄りはしないけれども。)

それにね、本当に自分の心からの想いを自分が尊重していたら、相手のことも「自分が大事にしているのと同じように、内容は違うけれど、大事という気持ちは尊重できる」って尊重しあえるとも思う。

批判した途端に『正しさ戦争』という対立が生まれて、私は、そのエネルギーがすごく苦手なのです。

だから、何かを批判することが、私が苦手だというだけで、それが好きな人を尊重はしていますよ(笑)

また、別の側面として。
何かを批判して正しさを声高に発信すると、なぜか大きな波になる。人々が賛同しやすいという性質がある。その波が、私は、これまた非常に苦手でしで。

『誰も何も批判せず、自分の中の違和感や好き嫌いを大事に、ただ我が道を行く!』が私は好き〜♪

実は、違和感や好き嫌いは、自分の中の『好み』なだけで、実は誰も何も否定はしていない。一人一人に「好み」があり、それが個性なのだからね。

「それは、私は苦手(あなたは自由)」「それは、私は嫌(あなたは自由)」

と、いうように、自分の気持ちを大切にしつつ、相手の気持ちも尊重している。

そんな『ただ我が道を行く!』という『我が、まま(Let it be)』な人が、私の周りには多く、やっと、最近、生きやすくなってきました(笑)やはり、自分の感覚を大事にしていると、似たような人が集まるよねぇ〜!

違和感や、好き嫌いを大切に、ただ我が道を行く!それはお互いを尊重しあえる気持ちがいい関係になるってしみじみと感じる今日この頃なのでした。

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