諦めた方が願いは叶う!

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よく「諦めなければ願いは叶う」と言われるけれど。もちろん、そういう場合もあるかもしれないが、そうじゃない場合もあるので書いてみます。

そもそも、その瞬間は「こうしたい!」という自分の願いであったとしても、それが本当の意味では自分の道でない場合は多々あります。(例えば、○○で優勝したいとか、アイドルになりたいとか、etc・・・)

その瞬間、そのことに興味を持ったことにも意味があり、やってみたことにも意味があり、すべて『必然』ですが、諦めるとか辞めるというのも、また『必然』なのです。

諦めるという言葉の語源は「その理由を明らかにする」ということもあり。

自分の道ではなかったと明らかにして、諦めることで、他の道を探求できる時間とエネルギーの余裕が生まれたりもするんですよね。体も一つ、人生の時間も限られていますからねぇ。

根性論や精神論で熱血に「絶対に諦めるな!諦めなければ願いは叶う!」なんて・・・(笑)なんていう無責任な言葉だろうと、しみじみ感じています。

諦めないからこそ願いが叶うこともあれば、諦めたからこそ、本来の本当の願いが叶う場合もあります。いろーんなパターンがあるのに、なんでそんな1種類だけに熱くなれるのか不思議です。

その時々の、その瞬間の自分にしっかりつながって。深い自分が感じるままに決断をしたら、その決断が「あきらめない」でも「あきらめる」でも、なんにしろ自分にとっての正解なんですよね。

また、自分の意思とは反して、もうどうしようもないような、例えば悲惨なその運命を受け入れるかどうか、というような場合であっても、それを受け入れて生きるのかどうかは自分の決断なんですよね。どうしようもない運命を受け入れ委ねつつも、自分の感覚には誠実であること。

正解は、自分の感覚だけが知っていて、外からは誰もわからないのです。

そして、タイトルの「諦めた方が願いは叶う!」という意味は。

『自分が本当はどうしたいのか?何を大切にしているのか?』を、明らかにしたほうが、願いが叶うという意味です。それは、その瞬間の感覚、何を自分が大切にしているのか、違和感やしっくり感や、そういうことに敏感になって、自分の感覚との深い対話で、自分を明らかにすること。または、その瞬間の『直感』を信じる(=自分の感覚を信じる)こと。そうやって、自分を明らかにすれば、自分の道は作られていくよね。

表面だけ見れば、それが結果的に「あきらめない」とか「あきらめる」とか、いづれであったとしても、あまり関係ない。どっちでもいい。

本当に、どっちでもいい。それは表面上の形に過ぎない!

この「諦めなければ願いは叶う」という言葉に限らず、なんか、本当に耳当たりのいい情熱的な綺麗な言葉って、大抵は半分しか正解じゃないのに、熱くなっちゃって、興ざめしちゃうのです。

よく考えたら、半分はあってるけれど、そうじゃない場合もあるんだってことは、本当に行動したり探求している人、成功も挫折も味わった人には、当たり前に体験することだと思う。

だから頭でっかちが多いのかなぁ?どうなんだろ・・・。まだまだ社会は2元的(笑)

頭じゃなくて肚に聞けよ〜。正解は無限にあるよーと。まぁ、伝わる人にだけ伝わればと思って書いてみました。

自分とつながって生きている人とは、刺激もしあえ、違う世界が広がって楽しいんだけれど、頭や常識でこうであれねばに縛られている人や、一見耳当たりのいい言葉に熱い人は、一緒にいて、そんなに楽しくないと私は感じることがあります。

また、同じように、運命を恨んでいる人の話は退屈だけれど、運命を受け入れて、その上で自分を生きている人は、一緒にいて、お互いに刺激しあえて面白いです。

もちろん、人それぞれのタイミングがあって、恨んでいるような時期も、すごーく大切だから否定ではないです。念のため。

どっちでもなんでもどうでもいい。感じるままに生きてみよう!それが一番、本来の魂の言語化さえされていない願いが叶う道だと、私は感じています。私は、ですよ。正解は人の数だけ〜(笑)

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