見ようとしないと見えない

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遊びを通じて感じたことが「実際の教育現場(仕事や暮らし)でもそういうことだよね〜。」と実感したことがあるので、シェアします。

先日、友人が主催するネイチャーゲームに参加しました。まだ雪が残る真冬の大都会の公園で五感を感じようという趣旨でした。

その中のゲームの一つに「ビンゴゲーム」がありました。それぞれカードが配られ「動物のおとしもの」「卵」「きのこ」「蜘蛛の巣」「足跡」「良い香り」「水の音」など16種類の言葉が枠内にランダムに書かれていて、チームに分かれて探すというゲーム。いくつビンゴになったか競うのですが。

私は、さすがに虫の抜け殻や、きのこや、いくら探しても見つからなかった蜘蛛の巣は、この真冬の公園にはないだろうと思いました。

いえ、最初は全部見つけようって楽しんでいたのに、散々探してなかったものは「この寒空では見つからない」と決めつけてしまったのです。

だから、すでに見つけたもので、いくつビンゴになったかなぁ、なんて数えていたんですね。

しかし、同じチームの1人は「きっとある」と思ってすぐ近くを歩いていました。すると、なんと蝉の抜け殻を3体も発見し、見事なサルノコシカケやきのこ群を発見し、立派な蜘蛛の巣まで発見してしまったのです。

同じ道、同じ場所にいて。

ないと決めた私には目に入らずに、あると思って歩いていた隣の人には見えたんですね!衝撃を受けたんです。ないと思ってしまうだけで、本当に見えなくなるんだってことを実感できました。

これは人生でも同じなんだなぁと感じていたら、まさに昨日、それを実感する出来事がありました。

NPO主催の「不登校〜問題はそこにあるのか〜」という講演を息子と一緒にしたんです。不登校に悩む親子にこそ、来ていただきたかったのですが、参加してくださった方は、教育関係者や、不登校や私たちに興味がある方々が集まってくださいました。

前半は、私の持論を「正解ではなく、一例です」と言ってお話しし、後半はその私の話に違和感を覚えたことや、聞きたいことなど出していただいて対話を深めようという講演会でした。

そこに教師の方がいらして「私は、ずっと教師をしていて不登校の親子に関わってきたけれど、こんなにアクティブな考え方をする人は1人もいませんでした」とおっしゃっていました。

私たちは選択的不登校で、あえて普通の学校ではない通いたい場所を選んでの「不登校」。本当に日々、人生を楽しんでいる親子なので、社会的なイメージとはかけ離れていると思います。

だから、例えば、
学校関係のママに道で会うと「大丈夫よ。きっといつか行けるわよ」などと声をかけられたりもします。その時に、その人の優しい気持ち、愛だけは受け取ります。

だから「ありがとうございます」って返すんです。

そこで「いえいえ、私たち、好きで行ってないだけなんで〜。」って言って、通じそうな人には言うけれど、否定されそうな人には、わざわざ言いません。

だから、相手から見たら「息子が学校に行けない、大変なお母さん」と見えているんです。でも実態はミラクルHAPPY親子なわけです。

「ありがとうございます」というパフォーマンスを引き出して、それを真実にしてしまう空間で、そんなアクティブな人は1人もいなかった、ってそりゃそうでしょう。

中には、それしか知らないから悩んでいるけれど、行かない選択もありだと知ったら選択する人もいるかもしれない。でも、それは、その空間では「無」で、なんとか行けるように、それだけが正解。

じゃぁ、そのパフォーマンスを引き出す人に悪気があるのか?というと、悪気どころか、ものすごく愛情深く、教育熱心で、情熱も感じるような方々なのですね。

だから、私は、学校には行くべき!というような価値観も素晴らしいって思います。価値観も情熱も愛情も、内容が違うだけで同じだからなのです。

ただ、他にも、いろんな価値観があって、それらをお互いに認めあえたら素敵だと、そう感じているだけで、どっちも正解!全部正解!が私は気持ちがいいんです。

しかし、こちらが、どれだけ相手を尊重したとしても、相手からは見えていない。選択的に不登校をやって幸せなことを、想像すらできないんですね。だから見えない。

真冬の公園で、蝉の抜け殻なんてあるはずない、と思っていた私に、すぐ目の前の抜け殻が見えなかったのと同じように。その先生には見えないんです。

でも、隣の人が発見してくれたら、私にも見えたんですよね。

だから発見した人が「あったよ〜、ほら!」って言えば世界が広がる!だから、私はこれからも息子と発信していきたいなぁと思います。

すごく本質的な話を。不登校やいじめなどという、今、社会問題にされている、その問題を、問題にフォーカスするのではなく、もっと本質的は体験のお話を通じて、結果的に問題が消えてしまうお話を。

そこを問題とする限り、問題なのだと思うんです。私たちは最初から問題にしていない。私も息子も「いじめ」を受ける体験はしているけれど、根本的に乗り越えて(?)問題とせず、幸せに生きている。(長くなるので内容はまた)

そして、自分の人生をただ、自分で「選択」しているだけだから。その概念がない教育社会の中で「ほら、こんなのもあるよ。何を選んでもいいんだよ。見ようとしたら道はいくらでもあるんだよ」って、これからも伝えていきたいな。感性あふれる、これからの子どもたちのためにも。。。

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