そこに問題はない!

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このタイトル、いろーんな切り口で書けてしまうんですけれど。まとめると、問題と思っているだけで実は、そこに何の問題もない、ということです(笑)

例えば、太っているからモテない、ブスだからモテない・・・これ、典型です。太っていてもブスでもモテる人っています。そして、大抵、振られた時に「やっぱり太ってるから振られたんだわぁ。」って思い込みがちですが、振った方が聞いたら「ちげーよ!そこじゃねーよ。」と思うでしょうね(笑)ありがち・・・。

もちろん、中には生理的にダメで、外見で振る場合もあるでしょう。でも、大抵はそこじゃない!しかも、よっぽどのブスな作りでも(笑)生き様や考え方が表情に出るので、魅力に映ることも多いんですよね。逆も然り。作りはいいんだけれど若いうちはごまかせても年取ると全部表情に出ちゃって、性格の悪さが滲みでちゃったりね(笑)

だから、自分が問題だって思い込んでいる、その問題を解決しようとするよりも、そこには何の問題もなくて『自分がどう在りたいのか。』『どう生きたいのか?』『自分とは何者ぞ』みたいな部分を大切にされたらいいのでは?と私は思います。

自分のことが好きでいられる選択をして、いつでも自分として生きてりゃぁ、輝いて見えますよ。誰でも!

また、私は親子で選択的不登校を心から楽しんでいて、問題どころか、ミラクル幸せなのですが。子どもが学校に行かない、そのことを「問題」としているお母さんはとても多そうです。いやいやいやいや・・・(笑)そこ、問題じゃないですよね?

学校に行かない「理由」(表向きのいじめられた、などの理由ではなく、もっと本質的な)にフォーカスしないと。

まるで、歯が痛んでいるのに、痛み止めの薬でずっとごまかしているうちに、虫歯が進行してもう抜くしかないところまで悪化・・・みたいなことによく似ています。痛み止めは神経を麻痺させて痛みを感じさせなくしているだけで、根本的に治してはいないのだから。

不登校はじめ、様々な『親から見て問題と思うこと』で、子どもには、何の問題もありません!20代の保育士時代から痛感していました・・・『親や先生から見て問題としている子どもに、なーんの問題もないどころか、素晴らしい子ばっかり。大人って、アホや〜。なんにも見えてないっ!』20代の私と50代の私、気が合うわ。今でもそう思う(笑)

子どもは親が成長するべき何か気づくことのために、体と人生を張ってその役をしてくれているのに、何で子どもを問題にするのかね?

親子関係だったり、夫婦関係だったり、親自身の内面の課題だったり。そういうことに気づくための、アンテナの一つでしかないんですよねぇ。

うちの場合は、そもそも、最初から好きで不登校を選択しているので、そういう場合はちょっと事情も違うんですけれど。多くの「学校に行けなくなってしまった」という相談に来る親御さんたちを見ていると、自分の課題を子どもの問題にすり替えて(無意識で)いる場合が多いんですよね。
不登校、というそのものに何の問題もありません。

また、私の天職でもある「問題社員の育成」でも、経営者や教育担当者が問題としている部分には、ほとんど問題がない場合が、非常に多い!

問題を全部お聞きして、成果として、出来てほしいことをチェックリスト化して、人材育成コンサルタントして問題社員に向き合うのですが。その時には、一切、問題がない人として本質的に関わります。

本質的に関わるから、チェックリストのような枝葉の部分には触れずに、自尊心を育てるところから関わる。だから、オセロがひっくり返るように、枝葉には触れていないのに枝葉の結果が出る!当たり前ですよね。根っこが元気になれば葉っぱも元気になりますからね。自然の摂理です。

でも、こういうことが分からない大人が多すぎて辟易すること多し、なのです。私は、なまじ学歴も学もないから、本質的で在ることが簡単だけれど、頭がいいと難しくなっちゃうのかもなぁと感じることもある。それでもどかしい思いは多々あります。

そこに、なーんにも問題はないですからぁ〜〜〜(叫)

本質という言葉を好んで使う方が、ものすごく表層的で、話が通じない場合もありますし、頭でっかち(知識の受け売り?)で、目の前の人が見えていない場合もあります。それは学校が「個性を大事にします」と言って、全く個性を無視している現場に似ています(笑)

ちなみに私は「個性は大事にしません!」と言って、そういう現場を作ることには何の違和感も覚えません(笑)なんでもいいですよ。個々好きな世界をそれぞれが創造したらいいんです。

でも、本質的な耳当たりのいい言葉を使って、行動がかけ離れている・・・にもかかわらず言葉に踊らせられている人たちに違和感を覚えているだけなんですよ〜。伝わるかな(笑)

と、話が逸れましたが、問題だと思っている、そのことに問題はないのじゃぁと言いたい記事でした。問題にした途端、問題になる。問題よりも「どう在りたい」「どうしたい」という、本来の目的の方がずっと大事で、フォーカスすべきはそっち〜♪

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