不安病、蔓延してる?

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普段『人生に主体的な友人』とばかり遊んでいるので新鮮でした。たまたま某イベントで話した20代30代40代の方々。。。

驚きましたー!不安を着て生きている(笑)意思決定の軸が「不安」。。。

しかも、不安に支配されているということに無意識で、不安を軸に生きている様子でした。

気づいていないので、前向きっぽかったり、明るかったり!表面的には暗くない。いい感じなのですが、話してみると、その内容が不安病と感じたのです(笑)会話がつまらなかったので(その人らしさを感じられない会話って、私は退屈)その時間を楽しくするために、私は質問して観察に回りました。

それで、この不安病って、教育の賜物では?とも感じました。正しい答えじゃないことに不安。人と違うことが不安。将来のためとか言いつつ、ものすごく近視眼的な考えだったり。。。。

不安は、人を支配しやすいので、支配のための教育なのかとも感じました。しかし、教育者がそれを意図しているとは思えないので、教育者も無意識、教育されている方も無意識なんだなぁと。。。

要はどっちも、自分の頭で考えていない(中には考えている人もいて。だから全員がという話ではなく『多くは』という意味です!素晴らしい先生や生徒も知っています。だからこそ今回、驚いたのです)。

もちろん、本人たちは日々、頭で一生懸命に考えています。それは『言われた中で』『こうするべきの中で』どうするか考えているにすぎない。

『自分がどうしたいのか?自分はどう在りたいのか?』

そのために何ができる?何をする?どこから始める?っていう風には考えていない。決まったレールの上で、レールから落ちない中で考えているにすぎないと感じました。

自分に向き合ってない、という表現もピッタリくるかも!そんな(表面、明るくて親切な)不安を判断軸に置いている人たちを眺めていて。。。

どうせ、みんな誰もが絶対に、いつかは死ぬ!今日かもしれないし10年後かもしれないけれど、絶対に死ぬのは確実で。

どうせ死ぬだけなんだからさ。それはもう決まっている「正解」なんだからさ。

自分の感覚で決めようよ。不安から意思決定してたら、不安に支配された自分の人生になっちゃうよーって思いました。それがしたいんだったら、それでいいのですけれど。

久しぶりに、経営者・旅人・アーティスト・クリエイティブな友達以外の人たちと話して、その感覚の違いに驚いたので、書いてみました。

選択は自由だし、価値観も自由なの、その場にいて、私はとっても余計なお世話なのですが。

誰もが「私」として「自分」として生まれてきて、そして死んでいく。だから、もっと自分の感覚大事に、自分を信じて、自分とともに生きたらいいのになぁって感じていました。

その一方で、こういう不安軸の方々と話して「教育を変えたい」とかそういう気持ちは私にはないってことも明確になりました。

理由は2つ。同じ教育を同じように受けてきている中で、自分で考えて主体的に生きている人たちがいるので、結局は自分次第だよねって思うから。もう一つは、そういう教育が合っている人もいる。多種多様な人間で社会が成り立っているから「変える」みたいな感覚にはならない。という理由です。

こうだから「変える」という感覚の人も多いけれど。私は変えるのではなく、なければ、自分の思ったものを「創造したい」という思考になるみたい!

変えるって何かを否定して対立みたくなってしまう。創造は否定も対立もなく、ものすごく自由なので、そっちが好きです。

価値観が違っても、それを出し合えたり。お互いに刺激しあって、成長したり創造したりするのが、すごく幸せで。今、まさに、そんな現実を日々、創造しているので、それが少しづつ広がっていったらいいなぁって感じています。

そうすれば、不安病を本当はやりたくないけれど、ただそれしか知らなくて、その中で頑張っている人が「そうじゃなくてもいいんだー」とか「それ以外の選択もあるんだー」って気がついて、そこで、自分で『選択』したらいいと思うから。

全てが自分の『選択』だから。全て、自分次第なんですよねー。いや、本当に。今がどんな状況にいたとしても、心の自由は誰にも奪えないのだから〜(体験談)

まぁ、不安病ってもしかしたら、平和病なのかも。ぬるま湯から抜けたくない、みたいな?わからないけれど。。。平和ってことの証拠なら、それもありなのかな(笑)

あ!それから仕事を楽しんでいないって人の特徴なのかも!って今、ふと。
そういえば、サラリーマンのお友達で、仕事が好きで、仕事を楽しんでいる人や、専業主婦でクリエイティブに楽しんでいる友達と話すのも楽しい〜♪自分の頭で考えている人と話すのが、私は楽しいんだって改めて・・・。

だからサラリーマンとか経営者とか自由人とか、そういう立場の話じゃなくて、どんな立場を選択しようとも、主体的かどうか?っていう違いなんんですよね♪

主体的だと不安病にはかかれない。だって全て自分で選択しているから!
一方、主体的じゃない=不安病では、決してないけれど(レールに乗っているのが好きな人もいるから、自分に合っていれば、それは主体的と言えると思う)。

だから、やっぱり自分で選んでいることに意識的になると、個々の人生が深まって、面白い人生たちの集合体が社会となって、楽しくなるなって、某イベントに参加し感じました。

あ、このイベントに集まった人たちって、答えを自分の『外』に求めている人達だったのかも。。。答えは自分の中にしかないので、外からの刺激や影響を受けながらも、自分の内側を感じない限り見つからないよね!外に求めると自分が無くなっていて、どんどん不安になるのかも。不安病が蔓延するポイントはそこかな?

自分の感覚(喜怒哀楽、違和感やモヤモヤ)に、とことん素直になって、自分と深く対話して、選択して生きれば不安にはなれないのだ〜!「決めて」「覚悟して」「進む」んだもの。自分への信頼や、ワクワク感は増すけれど♪本当、そこだね、シンプル〜♪

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